世間を賑わした「超巨大な関羽像」も今は無き、三国時代の要地『荊州』へ

2021年、巨大すぎるが故に (=高さ規制無視の違法建築物) 余儀なく解体され、世間を賑わせた「超巨大な関羽像」。その像があったのは『荊州』ですが、三国志ファンには戦略的要地として知られる街で、赤壁からもわりかし近い場所に位置しています。

今回は赤壁訪問に合わせ、その荊州にも遊びに行ってきました。古都「西安」に比べるとこじんまりとした、小さな小さな街ですが、風情たっぷりで「歴史ある街」をそこここで感じさせてくれます。見どころが決して多くはありませんけども、そんな荊州の魅力を今回の訪問記でご紹介します。

荊州とは、どんな場所?

中国のほぼど真ん中に位置する湖北省にあり、荊州は三国時代に魏・呉・蜀、三国の境界の地となったため、戦略上の要地として「兵家必争の地」とされました。劉備が入蜀し、荊州を領地としてからは関羽がその守備を任され、後に関羽は荊州の軍事総監に任命されました。しかし、最終的には呉の孫権に敗れ、関羽はこの地で命を落としています。

荊州は地理上、中国のちょうど中央部に位置し長江流域の街であるため、古くから水運による交通と物流の拠点として大いなる発展を遂げ、かつての荊州地方の中心都市「江陵」は現在の荊州市内の「荊州古城」として残っており、2005年には「国家歴史文化名城」の指定を受けています。

近代では日清戦争の後、下関条約で荊州の「沙市」は開港地に指定されています。日中戦争時には1940年6月に日本軍が「沙市」を終戦まで占領していたという過去があります。2022年には「湖北省の最も美しい情景トップ10 (湖北最美取景地TOP10)」に選ばれました。ちなみに現在、日本の会津若松市は荊州の姉妹都市でもあります。

まるで“リトル西安”、情緒あふれる『荊州古城』

荊州観光一番のハイライト、『荊州古城』は荊州市沙市区の西にある古城址。三国時代に関羽がここに「江陵城」を築いたのが荊州古城の始まりです。その後に何度も破壊と再建が繰り返され、今は高さ8.8mx厚さ10mの城壁が周囲10kmに渡って残されていまして、現存する城跡は清の時代1646年に再建されたもの。再建されたものとはいえ、清の時代のものなのでなんというか「ホンモノ!」という感じの重厚感があります。薄っぺらい、軽い感じがしないのが嬉しいところ。

城壁すぐ外を一周するトロリーに乗り、街の規模を把握

さて、そんな荊州小城を観光するには、まずは城壁のすぐ外をぐるっと一周してくれるトロリーに乗ることをオススメします。メインゲートといえる「東門」から荊州古城の中に入ってすぐのところにチケット売り場があり、一周20分ほどで40元 (約800円)。

トロリーは城壁を時計反対周りに走っていきますが、ほぼずっと城壁の外側を走っていくため、旧市街側の様子をあまり見ることができません。。。(涙) しかしながら、昔の街の規模がどの程度のものだったのかがよくわかりますし、荊州古城内の見どころがどこか、自分なりに目星をつけるにはうってつけ。雨の日でも傘を差さずに観光できるのも嬉しいポイントです。

各観光スポットでは、録音の音声ガイドが中国語で詳細を教えてくれますが、HSK5級レベルのボクでもイマイチ何を言ってるのかわからず、、あまり当てにならないものと思っておいてください (笑)

旧市街をぐるっと囲む「城壁」の上を歩くのは最高

荊州古城内の「旧市街」と呼べるエリアは東西3.75km、南北1.2kmに渡って広がっており、総面積は4.5k㎡。合計6つの門、東門 (寅宾门),東南門 (公安门),西門 (安澜门),南門 (南纪门),大北門 (拱极门),小北門 (远安门)、それぞれに「城門の楼閣 (城门楼)」が建設されていましたが、南門 (南紀門) は残念ながら日中戦争中に消失されたままの状態です。

ボクは後述する「関帝廟」近くにある、この南門から城壁を登って上にあがり、東門を目指してずっと城壁の上を歩いていきました。このあたりのエリアの城壁内はとても静かで、鉄格子のある古いアパートも多く、どこか物々しい雰囲気です。。が、城壁外に広がる景色は非常に美しく、遠くまで見渡せるビューは見ていて全然飽きることがありません。唯一残念なポイントとしては、そこかしこで「屋外カラオケ大会」が開催されていて、うるさいことこの上ない⋯ことぐらいでしょうw。

南門から歩き続けること20分ほどで東南門の「料金徴収所」に到着します。ここから城壁上を歩きたい場合、メインの東門までの間は有料となります。10元ぐらいの感覚でいたら35元払えと言われ、なんかバカバカしくなったのでその後は下道を歩いて帰ってきました。

電動レンタルバイクで、関羽好きにはたまらない「関帝廟」へ

荊州観光初日は小雨が降っていたこともあり、上述のとおりトロリーにお世話になりましたが、二日目は天気が良かったのでレンタルバイクを利用し荊州古城内にある「関帝廟」に向かいました。

東門から10分弱の距離で、利用料はたった2元 (約40元)。電動バイクなのでスピードはそれほど出ませんが、古城内では割とどこでも簡単に見つけられるので、非常に便利です。唯一の欠点は「使い回し」となるヘルメット。異様に汗臭いものもあるので、匂いに敏感な人や潔癖症の人はタオルを間にかます等の対策をしないと結構しんどいです。

さて、肝心の関帝廟は入場料20元。街の中に溶け込むように、ひっそりとした場所に位置しており、それなりに歴史の重みも感じられてなかなか良い雰囲気を醸し出しています。中には関羽像はもちろんのこと、彼が愛用し重さ41キロ (!!) と紹介されている「青龍刀」や名馬「赤兎馬」の像もあり、関羽がとても大事にされているんだな、深く敬われているんだな、と感じざるをえません。その他、なぜか牛や羊、ヤギの像まで合わせて展示されておりw、なんかほんわかしててそれも良いです。

この関帝廟はお土産ショップもなかなか充実しており、大小いろいろな関羽像やコインなど、様々な関羽グッズが取り揃えられているので、関羽好きに本当にたまらない場所です。

入場無料の「三国公園」は、こざっぱりで気持ちいい~ 

荊州古城の北西端に位置する「三国公園」は無料で開放されている公園ですが、観光地特有の「華美で余計な装飾」や「無用のアトラクション」などが何もなく、小綺麗でこざっぱりとした、とても好感の持てる場所です。

「三国公園」と名乗ってはいるものの、入口付近に上品な劉備+関羽+張飛像があったり、離れた場所に諸葛亮の像があったりする程度。早朝や夕方にゆったりと散歩を楽しみながら写真を撮るのが良いんではないでしょうか。ボクもなんやかんや30分以上プラプラしていました。

30億円レベルの「公費無駄遣い」をした『世界最大級の関羽像

冒頭でお伝えしたとおり、かつて (とは言っても2021年まで) 荊州には世界最大級の関羽像が存在していたのですが、それは2016年に市当局が巨費1億7290万元 (約35億円) を投じて建設され、青銅製で重さ1200トン、高さ57.3メートルという超巨大なもので、それが故、観光客には絶大な人気を誇ったようです。

©CNS/周星亮

ボクは当時も中国にいたものですからその像の存在のことはもちろん知っており、「ふーん」ぐらいにしか思っていませんでしたが、2021年、24メートル以下の高さ規制がある「古城歴史地区」内にあるため、その関羽像は「違法建築物」と指摘され、最終的に1億5500万元 (約30億円) を費やして解体・移設がなされました。実に65億円の税金無駄遣いです。さすが中国、何事も桁外れですね。。

こうなったのも、当時の建設業者が台座部分の展示施設 (2階建て) の高さだけを申請したためで、市側も当時は「関羽像部分は立像で、明確な規制はないという解釈だった」(関係者談) ということです。

さて、そんなニュースのことさえ忘れていた2023年、ボクが町中をぶらついていると、路上看板の地図に記述されていた公園「関公義園」に行けば関羽像が拝めるということを発見。すぐさまレンタルバイクに乗ってその公園を目指しました。市内中心から所要わずか10分。

それなりに大きな規模の公園で、中に入るとどこか正倉院のような建物があり、その向かい側には展望台へ続くかのような巨大階段が。当然上まであがってみるものの、屋上には何もない。。なんとも不思議というか、肩透かしをくらったような感覚になったのですが、階段を降りて広場に出た時に初めて気づきました、まさに、ここにかつてその巨大な関羽像があったということを、、!

この建物は「関公文化展示センター」として建設されたようですが、今はその巨大像を望むことができないのは当然のこと、一階の入口の扉にも鍵がかけられており、もうすでに廃墟のよう、、、完全に負の遺産となっているのでした。

ここにあった巨大関羽像を見に来る観光客のために、周りには様々な商店が開店しており、マクドナルドやluckin’ coffee、見るからに高級な広東料理の店なんかも。マックにはそれなりに人が入っていましたが、それ以外の店は閑古鳥が鳴く状態。。「かつて世界最大級の巨大関羽像があった」公園、に多くの人が集まるわけ、ないですよねっ! どおりでボクが公園の裏口っぽいところから入ったとき、いかにも「廃墟」という感じの、「かつて店がたくさんあったエリア」を目にしたわけですよ。

ちなみに、世界最大 (と思われる) の関羽像は山西省運城市に現存し、高さはなんと61m。総工費2億元 (約40億円) をかけて建造されましたが、こちらはどこにもイチャモンをつけられることもなく静かにそこに佇んでいますので、興味がある方は是非とも直接訪問してみてください。

まとめ

というわけで、三国志で始まり関羽で終わった荊州旅でしたが、こじんまりとしたサイズ街なので各観光スポットへのアクセスが非常に簡単で、とても快適に観光を楽しむことができました。

唯一のネックは、荊州へのアクセスの悪さかな? ボクは赤壁から高鉄で行こうとしたのですが、良い時間帯のモノがなく、結局、アプリでドライバーを捕まえて900元 (約18,000円) で二時間かけて荊州へと向かったのでした。今考えると無駄遣いだったな。。ま、でもミニな古都を十分堪能できて、実りの多い旅でした!

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